武蔵野市学童協ニュース

武蔵野市学童クラブの皆さん、コメントへの投稿おまちしてまーす。

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さて、いよいよ10月18日 中央公園 にて「第27回 むさしの子どもまつり」が開催されます。

この子どもまつり、実は学童の父母が「地域ぐるみの子育て」を実現するために創り出したお祭りなのです。

今回の「学童インタビュー」では、そんな「子どもまつり」のはじまりと、これを支える人達を、取材しました。実行委員さんは、皆さんと同じ学童の父母とOB、指導員さん、保育士さん、学校の先生など。とっても優しげなお父さんお母さん方でした。

取材をしてみて正直、驚きました。子どもまつりに隠された驚きの新事実が、次々に判明したのです。


聞き手は、いつものKYです。(内容は2009年9月時点のものです)

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写真:和気あいあいと企画を打ち合わせる実行委員の皆さん




最初にお話を伺ったのは、事務局の川島さんです。川島さんは境こどもクラブ(旧二小クラブ)のOBで、やさしく暖かい語り口が魅力的なお父さんです。子どもまつりの機材の大半をご自宅の天井裏に保管され、子どもまつりの始まりから並々ならぬ貢献をされています。中村さんは現役の保育士さんです。



KY)そもそも、「子どもまつり」って、どんなことからはじまったんでしょうか?

川 島:子どもまつりが始まったのが1983年ですから、今からもう26年も前になりますね。実は、その前の1981年に「学童まつり」が行われ、大変に盛り上がって「学童クラブだけでなく武蔵野じゅうの子どもたちと一緒に楽しめたらどんなに嬉しいことか」と熱い思いでいました。
 そこに行き着くまで学童協も大変でした。当時、私も学童協の役員でしたが定例会は、集まりがよくありませんでした。当時の学童クラブは、まだ学校や地域、他の学童との交流もあまりなく閉鎖的でした。「学童をやめたい」「学童がつまらない」の悩みも出ていましたが、「けん玉に夢中になって挑戦!」「手作りのおやつ作り!」「飼育活動」など当時先進的だった大野田クラブや高橋ヨシエ指導員※がいた境(現 二小)クラブなどの楽しい活動は、大きな刺激や目標だったんです。

※「伝説の指導員」と呼ばれ、父母を巻き込んだ保育に卓越したリーダーシップを持つ。卒所生の結婚式に多数呼ばれるなど、子どもからの信望も大変厚い。武蔵野市職員を定年退職後、現在はNPO「子どもアミーゴ西東京」の指導員。 

 そこで、「お互いのクラブの活動内容をもっと知りたい」と、学習会や講演会を行って、お互いのクラブの違いにびっくりしながら、「楽しいクラブにするにはどうすればよいか?」と話は進みました。「父母会って何のためにあるの?」という議論も皆でやったものです。こうやって交流していくうちに見えてきたのは、行政は「安全に子どもを預かればいい」という発想にとどまりがちだということ。学童クラブの保育内容を高めて、子どもたちにとって良い居場所にするためには、父母がクラブに協力しないと良くならない。預けっぱなしではなく、父母も指導員と手をつないで、関わりを深めていくことが大事だということでした。

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 学童保育へ父母がかかわり、指導員と一緒になって行事やキャンプを行うようになりました。夏まつりやおばけ大会には、先生や学校の友達にも参加してもらい、学童クラブと学校や地域との交流を広げていきました。こうして学童にかかわり、一緒になって行事などに取り組むと、子どもたち1~3年の各々がクラブで生き生きと役割を果たし、成長していく姿もよく見えるようになり、親も「子どもたちにもっと喜びを!夢を!」と一層頑張るようになりました。

そうした学童保育への高まりの中で、「学童全体で交流したいね」となり、1981年に学童まつりをやったんです。各クラブの展示をということで、保育中に作った作品などを持ち寄り展示しました。学童まつりの準備が進むにつれ、実行委員会への各クラブの参加者が増え、最終的には全学童クラブの委員が集合した時のあのすごい熱気を今でも忘れません。当日は、ミニ運動会のような内容で、最後の華の親子クラブ対抗リレーでは、みんな熱くなり感動し、大変な盛り上がりでしたね。全学童クラブの親子と指導員が集まり、夢のような交流が初めて実現しました。それから学童協への定例会にもほとんどのクラブが参加するようになったんです。

そして、「一緒に遊ぶのに学童の子も他の子も区別はない。もっと地域全体に広げていこう」と盛り上がって、「学童まつり」と市内西部地域で続けてきた「子どもまつり」とが合体し、かつ子育てに関わる団体を巻き込んで、1983年に「むさしの子どもまつり」がスタートしたんです。

その頃は、スーパースターのようなお父さんやお母さんの役員が次から次に現れましてね。フィールドアスレチックスがまだ公園に無かった頃なので、滑車(ターザンロープの事)をお父さん方が作ってね。子どもらは大喜びで大行列待ちでした。千葉さん※が、京都 乙訓(おとくに)の子どもまつりのスライドを皆に見せながら、交流を図って、いろんな意見を吸い上げて、子どもまつりの形を作っていったんです。

中村:20周年の時に作った映画を見て「こんなに沢山の遊びがあるの!」って驚かれて、雑誌にも紹介されたんです。手作りの遊びが62種類ですよ、これは大変な財産です。

※第1回~第3回の副実行委員長 桜野クラブOB
※第16回の参加団体はこちら



■「お金がいらない」に秘められた想い

KY:子どもまつりでは、「お金はいらない」というのがあります。これはどういう所からきているのでしょうか?

川 島:普通のお祭りって、縁日みたいに屋台に行って、いろんな買い物をするでしょ。それはそれでいいんですが、子どもまつりで買い物のコーナがあると「遊び」よりも「買い物」に夢中になり、かつ行列になってしまう。お金のことを気にすることなく、子ども達には遊びに夢中になり思う存分遊びを楽しんで欲しい、そしてたくさん友達を作って欲しいというのがむさしの子どもまつりのねらいです。なので、「お金がいらない」にはこだわってきました。

中村:それが、「おもいっきりあそぼう はらっぱで。たくさんつくろう ともだちを!」のスローガンに、つながるんですね。

川 島:わた菓子やミニSLを出したときも、お金がかかるので100円でも取るかなど、喧々諤々の議論をしましたが、とらないことにしました。手づくりは大変ですが、その分、子どもの笑顔が沢山見れるので、親たちも張り切ってくれました。



■子ども実行委員に秘められた想い

KY:子ども実行委員は、なぜ4年生からなんでしょうか?

川 島:子どもまつりの最初の頃、各学童クラブの保育の中で活動してきた遊びを、子どもまつりに持ち寄りました。学童関係の各コーナは、学童の子どもたちが担当し、親がサポートするというところが多くありました。子どもが主役の子どもまつりを目指していたのです。そういう前提から、学童現役の1~3年生は各クラブのコーナで、学童を卒所した4年生以上には、子ども実行委員会でということになります。

子ども実行委員会は、12年前の第15回子どもまつりからスタートしました。これも実は、保育園の保育士の粘り強い支えと励ましで成り立っています。子どもまつりで育った、高学年以上の子どもたちが実行委員となり、企画準備をし、当日は参加した子どもたちの遊びのリーダーや世話役として、大活躍しています。実行委員の子どもたちは「こうすれば楽しい」「こうすれば小さい子どもが喜ぶ」とか、いろいろ企画を話し合い、素晴らしいアイデアを出します。そして、子どもまつりの経験がある年上の子が年下の子にいろいろ教えてリードするんです。

こうした子ども実行委員会が主体の活躍は、子どもまつりの希望の星です。まだ部分的ですが、私たちが願ってきた子どもが主役の子どもまつりがあるからです。この子ども実行委員会を、みんなで支えもっと大きく育て、子どもが主役の子どもまつりにしたいですよね・・・。

子どもまつりで、こんなに多くの子が遊びに熱中しているなんて、とっても嬉しいことですよね。こうして生き生きと目を輝かせ遊びに夢中になっている子どもの姿を見れば、どの親もきっと喜び、苦労が報われるのではないでしょうか。



■学童のお祭りから父母のお祭りに
KY:子どもが作る子どものお祭りって、わくわくしますね

川 島:当初から続いている中央舞台で行っている「けん玉披露」ですが、演技している先輩を見て、「自分も早く上手くなって中央舞台で!」と励みになっているわけですが、とても素晴らしいことです。当初は、学童クラブの活動や行事で行ったものを持ち寄っていたんです。ですから当然、各コーナは子どもたちが担当し、それを父母がサポートしていました。学童の保育の中で、1~3年生の役割分担や出番が準備され、当日の子どもまつりを迎えたのです。まさに、子どもが主役の子どもまつりに向かっていたのです。ところが、突然、行政からの圧力があり※クラブ内での父母会行事が困難になり、父母会行事への指導員の参加も難しくなりました。今もその影響で、コーナは父母が担当のスタイルになっています。

かつて開所されていた土曜日には、大勢の父母が学童クラブへ集まり、指導員とも一緒に話し合い、子どもたちと準備をすることができましたが、今はそれも難しいわけですよね。考えてみると、子どもたちが主役の子どもまつりになるはずが、今は父母がコーナで頑張り、子どもはお客さんという形になってしまっていますね。そういう意味では、コーナでの子どものかかわり方を考える必要がありますね。学童保育への親のかかわりも関係してきますよね。子ども実行委員会をみていると、子どもは出番があれば、とても一生懸命にやります。子どもまつりが、クラスの友人も誘って一緒に楽しめる、地域にねざしたまつりになってきていますので、ぜひ子どもの出番を考えたいですね

KY:ゆくゆくは、準備をする所から子どもが参加できるような形になっていくと良いですね。

中 村:子どもを愛する人はみんな手をつなぎましょう。子どもまつりは、それを願っています。

1992年の事。その後体制も変わり、現在、武蔵野市は子どもまつりを後援していますが、父母と学童クラブの関わりは薄くなったままです。


KY:本日は遅くまでありがとうございました。

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